萌出スペース不足と虫歯の関連性

歯並びが悪く抜歯が必要な人の多くは、抜歯対象歯と隣接歯の間に虫歯や虫歯に準ずる脱灰が高確率で隠れていることが多く、抜いて初めて隣の歯に脱灰が見つかることも少なくありません。

事実、

郭らは矯正治療のための早期抜去歯においてエナメル質の脱灰が95%の頻度で観察されたと報告し、また現代人の歯頸部う蝕の発生には歯と骨の大きさの不調和が高い相関関係があると報告しています。

口腔衛生学会雑誌第32巻第5号: 歯と顎骨の不調和の歯頸部う蝕の発生に対する影響

井上は、
歯が萌出する際に、歯並びのスペースの不正があるとかみ合わせの面まで達するのに時間がかかり、それによって食物摂取時の咀嚼に伴う自浄作用が不十分となるため汚れがたまりやすく、溝などにう蝕が好発すると述べています

人類誌 88(2) 69-82: 人類における顎と顎骨の不調和

歯並びと虫歯、歯周病

郭の報告をさらに引用すると、
「鎌倉時代には、一般的なう蝕と共通して歯頸部う蝕もまた後方歯ほど高いう歯率を示し、前歯部には全くみられないことから、明らかに井上のいうスペース不足(ディスクレパンシー)主導型)のう蝕分布と考えられた。現代人については、対照資料が青年期のものであり、第3大臼歯の57.0%かが抜去、未萌出または埋伏のため総数が少なく、また口腔内に露出している期間が短いため、この部位における歯頸部う歯率は高くはなかったが、犬歯と小臼歯に集中していることから歯と顎骨の不調和の影響が大きいことが推測された。一方、前歯部にもかなりの数の歯頸部う蝕がみられることから、口腔内環境汚染の影響も否定できず、一般のう蝕と共通して複合型のう蝕分布ということができるように思われた。」と述べています。
さらに亀谷、井上らは、古人骨の歯並びのスペースの不足の度合い(ディスクレパンシー)とう蝕の関連性について相関関係があることを指摘しています。
また、亀谷や松田は、歯周疾患とディスクレパンシーとの関係について、現代人および古人骨において、スペース不足を有している方がより歯周疾患の有病状況が高かった。

とも報告しています。

現代においては、個人の予防的な口腔管理の徹底や甘い食べ物による影響が不正咬合の影響をマスクしてしまっており、歯周病やう蝕と不正咬合の関連を最終的に結論づけるにはバイアスのない大規模な母集団が必要でかつ非常に長期にわたる縦断的なコホート研究が必要とされますが、過去に遡る一定環境における調査結果は歯並びの悪さとう蝕の発生や歯周病の明らかな関連性を示しています

不正咬合はいつ始まったか

矯正学の父、Angle E.H.は1990年に自著の中で、
「最近は町中でも不正咬合を多く見かけるようになった」
と述べており、当時の日本人の風刺画でも上下の出っ歯とガタガタをもったサムライが描かれることが多く、近代には既に不正咬合が蔓延していました。

日本人の骨格はもともと古代・中世では現在よりも上下の顎や歯が若干前に位置していたprognathismの残存があり、それが現代に至るにつれてアゴが小さくなり、顔面の退化が進行していったということができます。すると現代人の美的観点からすると抜歯をしないで並べてしまうことはprognathismへの回帰となり、現代人の美的感覚からは本能的に忌避されるのではないかという見方もあります。(現代日本人と欧米人の骨格の違いにより日本は欧米よりも抜歯矯正の比率がより高くなるのですが、セファロメトリックな問題や抜歯、非抜歯については別の機会に述べたいと思います。)
さらにさかのぼると縄文時代の日本には歯がすり減っていましたが顎の大きさと歯の大きさに調和が見られ、不正咬合自体は8%しかいなかったといいます。
弥生時代を下るにつれ不正咬合は徐々に増え始める傾向を示していますが、それに対して下顎骨の大きさは井上によると縄文時代から古墳時代にかけて一旦大きくはなりますが、そこから明治時代にかけて小さくなっていき、顎の大きさと歯の大きさのバランスが悪化してきます。明治から現代にかけては身長の伸びと比例して下顎骨はむしろ大きくなってきており、早期縄文時代と同じくらいの大きさに戻っていますが、顎の大きさと歯の大きさのバランスは歴史上最も悪い状況となっています。
歯の大きさは縄文時代以降単調に増加しており、特にこの70年間で現代っ子では明らかに大きくなってきているので、縄文時代以降、特にここ50年の不正咬合の増加傾向の直接的な原因としては、下顎骨が小さくなってきているというよりも栄養状態が良くなったことで歯の大きさが大きくなってきていることであると考えられます。なお、下顎角(下あごの形)は縄文時代以降単調に増加し、ほっそりとしてきています。

万単位の人類史的な観点からすると、
井上は、1979年にDay、埴原、上条らのデータをまとめ歯と下顎骨の大きさの推移について示しており、それによると100万年以前から現代までの間に顎の大きさは直線的に縮小してきており、それに対して歯の大きさはある一点に収束する傾向があると述べていて、歯の縮小と顎の縮小のスピードが一致しないことが人類に不正咬合の発生をもたらしている可能性があると指摘しており、この推論は前述とも矛盾しないと考えられます。

近年の機能や悪習癖に起因する不正咬合の発生について

機能や悪習癖による不正咬合の発生は骨格の大きさと歯の大きさの不調和によるものとは分けて考える必要があります。
これらの機能不全や悪習癖の問題の診断、経過や予防についてはホームページの別項目でも触れていますので、ここでは詳しくは触れません。
アデノイド肥大、中耳炎、鼻炎や口呼吸の子どもの多くに歯列のV字傾向やあごの横幅の狭さ、口蓋(上顎の屋根)が高い子どもが多いことは、日本では大正時代にもアメリカの考えを取り入れ黒須や榎本によってアデノイド顔貌という用語が早くから取り上げられ、鼻閉と歯列不正の関係は特段新しいものではなく、古くから指摘されてきました。
矯正歯科医は頻繁にそのような事例に遭遇し、歯列の拡大によって鼻閉や口呼吸やいびきの改善、顔貌の改善が認められることを経験します。舌位が低位(上顎に舌が入らない)状態だと、直接的に上顎骨の劣成長を引き起こします。
なお、咀嚼力と顎骨の大きさとの関連はラットの軟食継代飼育実験でも代を追って縮小していく傾向が統計的に示されています。

井上は、
2000年には近年の顎骨の縮小変化は食物が柔らかく, 栄養素が濃縮された食べ易いものに変わってきたことによる廃用萎縮の一側面ではないかと総括しています。

保健学から見た顎骨の縮小変化: 人類誌 107(2)115-119

その根拠として、母乳哺育児, 咀嚼型乳首による哺乳場哺育児、および通常の哺乳壜哺育児についての8年間の追跡調査の結果からは、前2者では顎骨および咬筋の発達は良好であるが、後者では咬筋筋電位も低く、乳歯時代にすでに歯の叢生が見られるものも少なくなかったことから、咀嚼器官の健全な発育のためには出生直後に始まる健全な発育のための努力が必要であると述べています。

現代人の歯並びと虫歯・歯周病との関わりについて

現代人の食習慣は、軟食によって、最初にかみ合わせが悪くなり、顎関節症になったりあごの成長が悪いことで出っ歯になったり、顎がほっそりとして前歯に隙間が開く開咬になったりします。次にガタガタのあるところに糖分や食渣が停滞しやすく、歯が押し合う接触面から虫歯が生じます。また、ガタガタのあるところはいずれ歯周病になることが多いです。また、最後方の親知らずだけでなく、その一つ手前の歯すら親知らずと同じ状態で生えて来れないような子どもが非常に増えています。
当院では虫歯のケアはかかりつけの先生にお任せしていますが、歯並び不正の子には自ずと虫歯も出やすく、大人でもあまり噛まない人は歯ぐきが痩せているので、歯を取り囲んでいる骨(歯槽骨)が痩せていて根っこが見えるくらい薄かったり、中身がスカスカな上顎骨が大きく増殖して硬口蓋を呈していることも多く、しっかりと噛む習慣を小さいうちから地域で実践していくことが非常に重要であると感じています。

Edward Hartley Angle:
江戸時代末期から、歯を動かして排列するいわゆる歯の矯正について、初めて大学に歯科矯正学という一分野を作り、治療の一体系として仕上げに至るまでの当時の治療方法を論じ、用語や不正咬合の分類方法を定めた。
死没する前には、現在のブラケットの基礎となるエッジワイズ法による不正咬合の治療システムを発表した。先見性があり、現代矯正学の父とよばれる。著書に、TREATMENT OF MALOCCLUSION OF THE TEETH AND FRACTURES OF THE MAXILLE がある。Angle societyは現在まで存在している。

Charles Henry Tweed:
Angleが開発したマルチブラケットシステムは、他にもチューブとばねを用いた装置、リボンアーチ、釘管装置、BeggによるBegg装置、Atkinsonのユニバーサル装置など、Angleの方法以外にも当時は様々な装置が存在し、日本においてもAngleの装置が本格的には普及していなかった。
実質的には弟子のTweedにより固定源にヘッドギアを用いたスタンダードエッジワイズの診断治療法として各種不正咬合における抜歯によるブラケット治療が初めて体系化され、普及していった。
現在に至るまで日米問わず著明な矯正医のほとんどがTweed courseにおいて彼の方法を学んできたといわれている。
Tweed foundationにおいて現在もコースを受講することができる。

井上直彦:
東京医科歯科大学矯正科で高橋新次郎・三浦不二夫らの下でjarabak法を実践していたが、東京大学医学部助教授就任後は当時の鹿児島大学教授 伊藤学而、岩手医科大学助教授 亀谷哲也などとともに、人類学の観点から歯の叢生と顎骨の発達の関連について発掘した人骨などから研究を行った。宮古島のある地区における口腔保険指導を40年以上にわたり続けており、その結果と考察が著書にまとめられている。多くの論文の他、著書に、「咬合の小進化と歯科疾患-ディスクレパンシーの研究-」、「宮古島の子どもたち: そしゃく器官の発達のために」がある。

参考論文抜粋:
井上 人類における歯と顎骨の不調和(人類誌, 88:69−82)、井上 咬合の小進化ー歴史時代における咬合の退化(歯界展望, 56:435-445)、井上 歴史的に見た顎の発育推移 (日本歯科医師会誌, 35:743-748)、亀谷ほか 衣川地区, 1964-1966年生まれ世代における顔面形態 (第18回春期日本小児歯科学会, 大阪)、伊藤学而 軟らかい食べ物であごが弱小化した (健康な子ども, 140:15-17) など、
(ページの内容に関しては国内外に非常に多数の論文があり、ここでは書き切れない。)

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